気胸患者さんを診察する呼吸器科医がBHD症候群を発見する機会が増えてきました。また、肺嚢胞切除術の病理組織を診断する病理医によってBHD症候群が発見されることもあります。主治医や病理医の先生方からは「BHD患者さんとご家族をどのように診療していったらよいでしょうか?」という御相談を受けます。
BHD患者さんは50%の確率でお子さん・ごきょうだいに同じ遺伝子が受け継がれます。特定の変異パターンでは大腸ポリープが起きやすいことも報告されており、中年以降の患者さんには消化管検診などもお勧めしたほうがよいと考えられます(「5.日本におけBHD症候群の疫学情報」の項目もご参照ください)。このため複数の診療科が情報交換し、協力し合っていくことが大切です。遺伝子診断でBHD症候群であることがわかりましたら、患者さんには肺検診だけでなく、腎臓や消化管の定期検診が必要となります。またご家族には、この疾患を十分にご理解をいただく必要があります。当チームは、BHD患者さんとご家族にとって無理のない定期診療が可能となるように地域医療機関と連携しながら、各種診療相談に応じております。
参考論文
Toro JR et al. J Med Genet. 2008;45: 321-31
Nahorski MS et al. J Med Genet. 2010;47:385-90
BHD症候群における腎腫瘍は, 多発性かつ両側性に認められることが少なくありません. 組織型もオンコサイトーマ, 嫌色素性細胞癌を始め多彩です(「4.病理標本からBHD症候群の鑑別ができるでしょうか」の項目もご参照ください) . 腎腫瘍の治療方針については, 多発性で低悪性のことが多いため, 腫瘍径が3cm(欧米人より小柄な日本人は2cm前後が目安)に発育するのを待って, 腫瘍核出する手術が推奨されます. 特に若いBHD患者さんに腎腫瘍が見つかる場合は, 患者さんのQOLを十分に考慮しなくてはいけません. しかし10%前後の頻度で淡明細胞癌や乳頭状腎細胞癌など高悪性のこともあります. 摘出腫瘍に対する慎重な分子病理学的検討が必要です.
多発性やご高齢の場合には凍結治療の選択肢もございます. 最近本邦から凍結治療で良好な成果が発表されました. 腎臓腫瘍治療方針でお悩みの泌尿器科の先生におかれましては, どうぞ当チームにご相談ください.
参考論文
Zbar B et al. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2002,11:393–400.
Pavlovich CP, et al. J Urol.2005,173:1482–1486.
Matsui Y, et al. Diagn Interv Imaging.100:671-677
Boris RS et al. J Urol. 2011;185:2050-2055
2012年のBHDシンポジウムで米国国立がん研究所グループから推奨検診の提言がありましたが, それから10年を経て各国の診療情報を反映した形で, Gene Reviewから以下のようなサーベイランスが提唱されています.
1. 皮膚:線維毛包腫に対する定期検診は不要. 悪性黒色腫リスクに対して半年~1年ごとに検診(注:欧米から悪性黒色腫の報告がありますが、日本人BHD患者さんとの関連は指摘されていません).
2. 肺:CT検査. 無症状の場合は被ばくリスクを考慮し頻回検査は避ける. 気胸患者や, 手術で麻酔予定/長距離フライト予定などがある場合にはCT肺検査を行う.
3. 腎:20歳から年1回のMRI. MRIが適さない場合は CT. 1cm未満の病変や複雑型嚢胞がある場合は毎年継続. 腎腫瘍の家族歴がない場合は年1回のMRIを2-3年続けた後, 2年ごとの定期検診に移行.
4. 耳下腺:年1回. 痛みや腫れがないか確認.
5. 甲状腺:年1回エコーが望ましい. 甲状腺癌との関連が否定できないため.
6. 大腸・直腸:大腸・直腸癌の家族歴がある場合は, 罹患者の癌発症年齢より10年早い段階から内視鏡検査. 大腸・直腸癌の家族歴がない場合は,40歳から内視鏡検査.
欧米と日本とではCT/MRIによる画像診断の利用頻度や保険診療制度が異なります. MRIは高額のため病変がない場合はエコー検査が有用であるという研究もあります. また日本人BHD患者さんは気胸や肺嚢胞が主症状であることや肺癌発症者がいることも考慮していかねばなりません.
参考論文
Johannesma PC, et. al. PLoS One. 2019;14:e0212952
1. 腎臓腫瘍の病理組織は, オンコサイトーマ,hybrid oncocyte chromophobe tumor (HOCT), 嫌色素性腎細胞癌が多いことが知られています. BHD症候群患者さんの腎腫瘍では腫瘍辺縁や内部に"papillary tufts"が高頻度に認められ, 診断に有用です.今のところ散発性腎腫瘍との鑑別に有用な抗体は報告されていませんが,嫌色素性腎細胞癌においては17番染色体セントロメアをFISHで比較すると散発性ではモノソミーに,BHD症候群ではダイソミーになることが多いことが判りました.
2. 肺嚢胞の病理組織像は, 気胸を繰り返しリモデリングの進んだ嚢胞部分と, まだ発育途上の初期嚢胞の像とでは様相が異なります. 肺嚢胞は「ブラ・ブレブ」と診断されることも多いですが, 気胸による炎症反応や線維化がすすんだ嚢胞壁部分のみが切除されることが多いため, そのような組織ではBHD症候群の特徴的所見が得られないこともあります. 外科の先生におかれましては, 破裂した嚢胞壁だけでなく, 変化の乏しい小嚢胞部分のサンプリングをお願いいたします. 初期嚢胞はブラ・ブレブと異なり, 炎症や線維化に乏しい上皮性嚢胞の像を示します.
3. BHD症候群はもともと皮膚丘疹を主症状とすることから判った疾患で, 皮膚病理像については教科書や論文に詳しく記載されています. しかし日本人は白人に比較して皮膚症状が弱く, 肺嚢胞や腎腫瘍の既往・家族歴がない患者様の場合は診断困難です.
参考論文
Pavlovich CP et al. Am J Surg Pathol 2002. 26:1542-1552
Kato I et al. Hum Pathol. 2016 Feb 4. pii: S0046-8177(16)00036-8
Kuroda N et al. Ann Diagn Pathol 2014. 18;171-6
Furuya M and Nakatani Y. Pathol Int. 2019;69:1-12
1.これまで全国医療機関の先生方からBHDネットにお寄せいただいた情報をもとに、日本におけるBHD症候群120家系の疫学情報を論文にまとめました。
2.欧米白人では9割以上の方に皮疹(fibrofolliculoma)が認められますが、日本人の場合は5割程度にとどまり、概して軽微で皮膚科を受診するほどではないため、皮膚以外の症状(肺や腎臓)から診断につながっています。とくに気胸は米国の報告が2-3割に対して日本人では7割前後と高頻度です。
3. 腎腫瘍罹患率は全年齢層で算出すると2割弱ですが、中高年に限ると1/3程度に上昇します。
4. 腎臓以外に、唾液腺・甲状腺・肺・消化管の腫瘍(悪性を含む)・肝嚢胞が数%〜10%程度にみられます。
参考論文
Furuya M et al. Clin Genet. 2016.90:403-412.